コンピュータが発達しても、覚えることにはこんな意味がある。

香椎宮の本殿前の桜、ソメイヨシノはまだですが、これは満開を過ぎたところ。
スマホのLensで調べたら、ウメとかトンチンカンな答え。
山桜に決まってるでしょうよ。
春期講座2日目、ノートの書き方などを注意しています。
みんな、私語一つなく、集中して勉強するのが、当塾の自慢です。
さて、勉強で、覚えることは欠かせませんが、生徒にとってはつらいことでもあります。
特にコンピュータやネットが発達して、調べたいことがあれば、すぐにスマホでチェック出来る時代ですから、無理して覚える必要はないという考えも出てきています。
しかし、信原先生はこんな風に言ってます。
「たしかに、いまのネット全盛の時代になって、暗記の価値は下がった。このことは認めざるをえないだろう。」
「しかし、それでも、暗記にはまだまだ重要な価値が残されている。
ネット検索ですぐ情報が手に入るといっても、暗記した情報を思い出すのに比べれば、かなり時聞がかかる。
瞬時に思い出せる心地よきに比べて、ネット検索はまどろっこしい。」
「余計な広告が表示されるから、なおさらだ。」
もっとも。
そして、ここからがポイント
「しかも、ネット検索では、理解に至る助けにならない。」
どういうこと?
「情報がネットやパソコンにあるだけでは、たとえそれがすぐ引き出せるとしても、情報はただそのまま蓄えられているだけで、何の変容も生じない。」
この「変容」というのが大事です。
「しかし、暗記していれば、理解していなくても、情報は無意識のうちにいわば「整理」されていく。
具体的にどのようなことが起こっているかはまだよくわからないが、暗記した情報のあいだに何らかのつながりが生まれてくる。」
「たとえば、同じ言葉が異なる情報に含まれていれば、それによってその異なる情報のあいだにつながりができてくる。
このように情報が「整理」されると、それがのちの理解の助けになるのである。」
つまり、頭の中は倉庫と違って、私たちが意識しないうちに、覚えた多くの知識の断片が整理され、統合されていき、
ある日、突然、あぁそうだったのか、とわかる、というのです。
勉強の場面でなくても、生活の中でそんなこと経験しますよね。
赤ちゃんが言葉を習得していくのもこのようなしくみだと思います。
ということは、はじめの内は、よくわからなくても、何度もくり返してやっていくことが大切ということでしょう。
まさに、私たちが、毎日教室で実践していることです。
近くの公園では、ソメイヨシノのようなものがもう咲いてました。
いよいよ春です。
