IT技術の進化と大学入試改革の影響で、入試が変わり、教科書が変わり、学校の授業が変わりました。指摘されている問題点をあげますと、
■ タブレットの使用 → 手を使って字を書き、計算する学習活動の減少
■ プログラミング教育 → ものごとを操作できるものと認識し、深く考えるための土台となる読解力、思考力の育成を阻害
■ アクティブ・ラーニング → 中途半端な知識にとどまり、正しい知識にならない。
■ 教員の不足(採用試験が実質1倍)→ 使命感や意欲を持った先生の減少
■ 学力試験のない入試 → 勉強しない下位層と上を目指す層に2極分解
教育政策のほとんどは良かれと思ってなされるものでしょうが、検証せぬまま実施され、実施後の混乱のしわ寄せは子供たちにきてしまっています。
「知識偏重」の是正の改革がむしろ、情報過多・知識偏重に
大学入試改革にあたって当時の文科大臣がさかんに言っていたのは、大学入試の「知識偏重論」でした。
文科省は、知識をたくさん覚えることよりも学習した「知識を活用する力」を重要視し、「複数の資料から必要な情報を見極めて比較・判断する力」や「問題の意図を読み取ってわかりやすく表現する力」を教育方針として打ち出しました。
ところが、これによって入試や教科書は、「資料や情報」が増え、「意図」を読み取らせるための「文章量」が格段に増えていき、基本知識を習得出来ていないまま、さらに知識を増やす結果となりました。
ちなみに福岡県の公立高校入試の英語の問題で使われている英語の語数を比べますと、約3倍になっています。
1980年(昭和55年)
リスニングなし、用紙B4版2ページ 全681語
2024年(令和6年)
リスニング有 用紙A4版7ページ 全1,846語
(表紙以外問題部分だけ)
基礎力の習得を無視した「活用」学習
「知識を活用する」ために必要な学力は、基礎知識と文章を読んで理解する力です。
しかし読解力を育てるための、国語の時間は減っています。
小中学校で学ぶ国語の授業時数は、
1971年 2,128時限 → 2020年 1,846時限
と282時限も少なくなっています。
これを中学校の「読むこと」の時間だけでみると、
1971年 316時限 → 2020年 155~215時限(学校で裁量できる)
つまり今の子供たちの、国語の勉強時間は昔の半分の時間なのです。
これが現在の学校に通う子供たちの環境です。なぜか、文科省や教育委員会が出す資料からは、計算力や文章読解力の低下を示すはっきりした数字は出ていませんが、現場で教えている先生たちは、多かれ少なかれ感じていることです。
教科書や試験であつかう資料や情報量、文章量は増えているのに、
子供たちが勉強する時間は減っています。
どうしたらいいのでしようか。
勉強に向き合う場の確保
これしかないと思います。何らかの規制がなければ、子供はついついゲームやスマホなど勉強を阻害するものの誘惑に勝てないでしょう。
このような環境で生活する子供たちには、特別の勉強だけをする空間が必要だと思います。
スマホやゲームを一切遮断して、勉強だけに集中させるのが塾の教室です。
そこで集中して自分の課題に向き合う時間を作ることが大切です。
勉強だけに集中出来る環境の中でこそ、「学びの楽しさ」は感じることができます。ヒントをもらいながらでも出来るだけ自分の力で解くと、勉強に自信がつき、やる気も育っていきます。これを続ければ、必ず成績はアップします。
■ タブレットの使用 → 手を使って字を書き、計算する学習活動の減少
■ プログラミング教育 → ものごとを操作できるものと認識し、深く考えるための土台となる読解力、思考力の育成を阻害
■ アクティブ・ラーニング → 中途半端な知識にとどまり、正しい知識にならない。
■ 教員の不足(採用試験が実質1倍)→ 使命感や意欲を持った先生の減少
■ 学力試験のない入試 → 勉強しない下位層と上を目指す層に2極分解
教育政策のほとんどは良かれと思ってなされるものでしょうが、検証せぬまま実施され、実施後の混乱のしわ寄せは子供たちにきてしまっています。
「知識偏重」の是正の改革がむしろ、情報過多・知識偏重に
大学入試改革にあたって当時の文科大臣がさかんに言っていたのは、大学入試の「知識偏重論」でした。
文科省は、知識をたくさん覚えることよりも学習した「知識を活用する力」を重要視し、「複数の資料から必要な情報を見極めて比較・判断する力」や「問題の意図を読み取ってわかりやすく表現する力」を教育方針として打ち出しました。
ところが、これによって入試や教科書は、「資料や情報」が増え、「意図」を読み取らせるための「文章量」が格段に増えていき、基本知識を習得出来ていないまま、さらに知識を増やす結果となりました。
ちなみに福岡県の公立高校入試の英語の問題で使われている英語の語数を比べますと、約3倍になっています。
1980年(昭和55年)
リスニングなし、用紙B4版2ページ 全681語
2024年(令和6年)
リスニング有 用紙A4版7ページ 全1,846語
(表紙以外問題部分だけ)
基礎力の習得を無視した「活用」学習
「知識を活用する」ために必要な学力は、基礎知識と文章を読んで理解する力です。
しかし読解力を育てるための、国語の時間は減っています。
小中学校で学ぶ国語の授業時数は、
1971年 2,128時限 → 2020年 1,846時限
と282時限も少なくなっています。
これを中学校の「読むこと」の時間だけでみると、
1971年 316時限 → 2020年 155~215時限(学校で裁量できる)
つまり今の子供たちの、国語の勉強時間は昔の半分の時間なのです。
これが現在の学校に通う子供たちの環境です。なぜか、文科省や教育委員会が出す資料からは、計算力や文章読解力の低下を示すはっきりした数字は出ていませんが、現場で教えている先生たちは、多かれ少なかれ感じていることです。
教科書や試験であつかう資料や情報量、文章量は増えているのに、
子供たちが勉強する時間は減っています。
どうしたらいいのでしようか。
勉強に向き合う場の確保
これしかないと思います。何らかの規制がなければ、子供はついついゲームやスマホなど勉強を阻害するものの誘惑に勝てないでしょう。
このような環境で生活する子供たちには、特別の勉強だけをする空間が必要だと思います。
スマホやゲームを一切遮断して、勉強だけに集中させるのが塾の教室です。
そこで集中して自分の課題に向き合う時間を作ることが大切です。
勉強だけに集中出来る環境の中でこそ、「学びの楽しさ」は感じることができます。ヒントをもらいながらでも出来るだけ自分の力で解くと、勉強に自信がつき、やる気も育っていきます。これを続ければ、必ず成績はアップします。